好日写聞録

“なんでもいい”ではなく、“これがいい”。お茶と器の、寄り添う関係。

「日常茶飯事」という言葉にもあるように、茶や器は私たちの生活と縁の深いもの。
そこにほんの少し意識を向けることができたら、いつもの朝も、ランチタイムも、夜のひとときも、かけがえのないものになるに違いない。
忙しいときこそ、疲れたときこそ、“なんでもいい”ではなく、“これがいい”と思えるもので、ひといきついてみたい。

ライトユーザーの目線で。“モノ”ではなく“コト”を楽しむ

 新旧の個性豊かな店舗が入り混じる、名古屋市西区の円頓寺商店街。レトロな雰囲気でゆったりと時が流れ、老若男女が思い思いに集う憩いの場だ。

 その商店街の東の端、静謐な奥ゆかしさが漂う四間道(しけみち)と交差する場所に、『mirume 深緑茶房』がある。もとは名古屋駅前にカフェ『深緑茶房』として店を構えていた同店が、この場所に移転し、方向性新たに再出発したのには、理由があった。

「『深緑茶房』は父が営む会社で運営していたのですが、コロナの影響で2020年に撤退を余儀なくされました。息子である私がカフェを引き継ぐことで、まだなにかできることがあるのでは、と思ったんです」

 約1年前の出来事を、店長の松本壮真さんはしっかりとした口調で話す。三重県の茶農家に生まれた松本さんは、幼い頃から“受け継ぐこと”の大変さを知っていた。畑はあるが、作り手がいない。作り手はいるが、売り続けられない。そんな農家をたくさん見てきたという。

 加えて、とあるデータによると、現在の茶葉の消費シェアはその6割が60代以上。なにか策を講じないと、茶葉でお茶を飲む人が減る一方なのは明らかだった。

 そこで松本さんは考えた。茶葉そのものを売る以前に、茶の淹れ方から伝えてみてはどうだろうか、と。

「お茶なんてペットボトルで十分、と考えているライトユーザーに向けて、お茶の煎れ方を楽しく伝えていこうと思ったんです。せっかくお店を構えて、お客さんと話すことができる環境があるのだから、僕がやるべきことはこういうことなんじゃないかと思いました」

 松本さんが大切にしたのは、恩師である松尾和典氏から教わった「格式を下げずに敷居を下げる」という価値観だ。きわめてカジュアルに、しかし日本茶の持つ伝統や格式は保ったままで、“こうあるべき”を一切排除した新たな楽しみ方を伝えていくこと。“モノ”を売る前に、“コト”の楽しさを伝えること。
 それこそが、茶を受け継いでいくことになるのだと、松本さんは信じている。

お茶に求める自分らしさ。温かい目で“みる芽“を養う

 実際に、お店での茶のいただき方をご紹介しよう。
 まずは飲む方法(飲み方)、次に茶葉を決めるという順番だ。その日の気分や体調、どのようにくつろぎたいかなどを踏まえて選ぶといいのだという。茶菓子や和風ピクルスなど、お茶請けも豊富で思わず迷ってしまうほどだ。

「お急ぎでない方は、急須で飲むことをおすすめしていますが、コーヒーと同じ感覚でマグカップでもご利用いただけますし、水でゆっくり抽出していく方法もあります。
飲み方を決めたら、その飲み方に適した茶葉をご紹介しているので、説明書きをお読みになって味わいを選んでください。例えば、リラックスしたいなら甘みを感じる『千寿』を、渋みをしっかり感じたいなら『深緑』など、茶葉によって風味が異なるんですよ」

 やがて、茶葉の入った急須とお湯、汲み出し茶碗、お茶請け、そして砂時計がセットになって運ばれてくる。一瞬、これらをどうしたらいいのだろうかと困惑するかもしれないが、松本さんやスタッフさんがそのまま丁寧に説明を始めてくれるので、気後れせずに構えていよう。

 茶葉にはそれぞれその味わいがうまく引き立つ湯の温度があり、提供された湯は1分ほどおいてその温度に覚ましてから急須に入れる。入れたらすぐに砂時計を返し、砂が落ちきったころを見計らって汲み出し茶碗に残らず注ぐ。湯気にのって漂う香りを堪能しながら、そっと舌の上に流し込んでじっくりと味わう。ここまでを、丁寧にサポートしてもらいながら、全て自分で行うのだ。語弊があるかもしれないが、理科の実験にも似た面白さがあるように感じる。

「これはあくまでも基本的な飲み方ですので、必ずこうしなくてはならない、というわけではありません。やり方を知っていただき、あとはご自身で好みや楽しみ方を見つけてもらうのもいいかなと思っています。そうすると私たちにとっても学びになりますしね」と松本さん。
 同じ茶葉で5煎ほども味を楽しめるというから驚きだ。少し熱めに淹れてみたり、お茶請けとの相性を感じてみたり。茶の煎れ方に「自分らしさ」を求めてみるのもいいかもしれない。

「店名にもなっている『みる芽』というのは、お茶業界の用語で幼くて若い新芽のことを指します。新鮮で品質のいい茶葉を提供するとともに、新しい挑戦を続けていきたいですね」

 正しい道を説くのではなく、楽しめる道を客とともにつくる。
若い芽を温かく見守るように、茶は次の世代へと注がれて、継がれてゆく。

考えすぎない器選び。“好き“と感じたものを手に取る

 好みの茶と出会えたら、好みの器にも出会ってみたくなる。「器を、自分の相棒のように親しんでほしい」と話す、ギャラリー『かたくち屋 ほとり』の大屋みえさんに器の魅力を聞いた。

『かたくち屋 ほとり』は、『mirume深緑茶房』から徒歩2分ほどの堀川沿いにあり、ともすれば見過ごしてしまいそうなほど、ひっそりとその看板を掲げている。ビルの地下1階へ通じる階段を降り、扉を開けると、出迎えてくれたのは慎ましく整列した小さな器たち。そのほとんどが「片口」といわれる注ぎ口が1つの形状の器だ。

 この片口に魅力を感じ、ネットショップから実店舗を構えるまでになったという店主の大屋みえさんは「人のような、鳥のような、ユニークな存在感があって、なんだか好きなんです」と片口の面白さを話す。近寄って、一つひとつをじっくりと見てみると、当然ではあるがどれも2つとして同じものはなく、大屋さんのいうように個性的ななにかを感じられる。

 大屋さんはこう続ける。「お茶を飲むならこれとか、お酒ならこれとかではなく、まずは気になったものを手にとってみてください。なんかいいな、好きだな、と思った感覚で、自由に選んでいただけたらと思います」。

 フォルム、表情、使用感、素材感。器の“どこ”を“どんなふう”に気にいるかは人それぞれでもあり、また、そのときの気分でも変わるという。
 とはいえ、これほどまでに個性的な器を前にするとどれにしようか迷ってしまうというもの。そんなときは、大屋さんがそっと器についての解説を添えてくれるのでありがたい。

「作家さんの元へ足を運んで選ぶようにしているのですが、器の技法や見た目の特徴だけでなく、作家さんの個性も含めてご紹介できたらと思っています。器のどこかに、その人らしさを感じてもらえたら、器に愛着を持って使っていただけるのではないかなと」

 現に、大屋さんの解説を聞きながら器を手に取ると、作家の描写をありありと感じることができるから不思議だ。
精密で美しい線のひと筋に、釉薬の見せる無骨な表情に、絹のようにすべらかな手触りに。
その一つひとつが愛おしく感じられ、まだ見ぬ作家にふと思いを馳せたくなるのだ。

自己満足から始める器選び。生活を豊かにする“相棒”との出会い

 好きな器との暮らしは、生活を豊かにする第一歩なのだと、大屋さんは話す。

「例えば、仕事で疲れて家に帰ってきても、好きな器を用意してお酒を少しずつ注いで飲むことでなんだか満ち足りたような気持ちになったり、忙しい朝でもいつもよりゆっくりお茶を淹れたり、器との出会いがきっかけで部屋に花を飾るようになったり。
自己満足といえばそれまでかもしれませんが、まずは自分が満たされることが他人の満足にもつながるのではないかと思います。器を自分の相棒のように身近に感じることで、生活が少しだけ豊かになるのかもしれませんね」

 入れるだけ、注ぐだけ、飲むだけ。ただそれだけの日常茶飯事を好きな道具で行うことが、どれほどの心のゆとりを生むだろう。仕事に張り合いが出るかもしれない。家に人を呼びたくなるかもしれない。落ち着いた所作が身につくかもしれない。
誰かに、やさしくなれるかもしれない。

器との生活がもたらす思いがけない副産物を、自分自身で体感してみたい。

mirume 深緑茶房
名古屋市西区那古野1-36-57
052-551-3366
11:00〜19:00(朝ボトルは平日8:00〜10:00)
水曜休
https://shinryokusabo.co.jp/
※営業時間詳細はHPを参照

かたくち屋 ほとり
名古屋市中区丸の内1-1-8 児玉ビルB1
12:00〜18:00
火、土曜休
※2月23日まで一時休業予定(期間中は予約制にて営業)
https://www.katakuchi.jp/

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