<第3回>今を生きる。うつ病を経験した一年間が、僕に教えてくれたこと。――日高圭

脳の疲れをとるためにした行動。そして得た「今を生きる」ということ。

心は前向きでも、思うように体が動かないんだよ。例えば、眠れないとかね。そうすると疲れが取れない。脳が休まらない。そうすると、体を動かしたり感情を表現したりする信号が、脳から出なくなる。体だけ横になって休めても、脳はフルに起きていることになるから、まともな思考ができなくなる。感情がなくなり、やる気も起きなくなる…。だから、心が病んでいるような気になるんだよね」

なるほど確かに、と思わず相槌がこぼれる。心の病気と言われるより、脳の病気としてメカニズムから聞くほうが納得がいく。

さらに、と日高さんは続ける。

「だから、脳を疲れさせちゃいけない。あれこれ考えない。考えることは不安や罪悪感ばかりだから疲れちゃう。あと、薬は何も考えずに飲む。自分は飲むまでに抵抗して余計悪化してしまったから。温泉に入るとかアロマの香りでリラックスするとか、美味しいものを食べるとか。五感に訴えるようなことは、オススメかな

ちなみに、周りの人はどう接すればよいのだろうか?率直に尋ねてみる。

「本人がなにか話そうとしたら、聞いてあげること。もしくは、上手に聞き流すことかな。どちらにしても大切なのは、本人に考えさせるような質問はしないほうがいいということ。例えば、『どうしてそう思うの?』とか『どこか行きたい?何がしたい?』とか。考えすぎて余計疲れてしまって、逆効果になることもあると思う。あとは褒めてあげるとか。どんな小さなことでもいい。そうすると、脳にエネルギーを与えることになるから」

日高さんは、自身の経験をもとに、社員にも積極的に声掛けをしているのだという。相手の表情がおかしい、または眠れないといったキーワードが出てくるなら、黄色信号。上司という立場から、「君、こういうところよく気がつくね。助かるよ」「こういうところスゴイと思うな!」など、褒めるようにしているそうだ。

「僕もひどい時は全然眠れなくて、一時間おきに起きたりしていた。自転車どこ置いてきたっけ?とか、コピー機ってどのボタン押すんだっけ?とか、そういう記憶もなくなってくる。僕なんて、会社にいても何もできない、役に立たない、生きていても意味がないって思えてくるんだよ。死ぬ勇気はないけど、生きる勇気も全くなくなっていたね」

これからどうなるんだろう、という不安。

あのときああすれば(していなければ)、今こうじゃなかったのに、という後悔。

不安と後悔という、脳にとっての二大ストレスから、解放されたかったと話す日高さん。

ちょうどそのころ、頻繁に訪れていた神社やお寺で、目にした言葉があったという。

「それはね、“今を生きる”。過去を後悔しても仕方がない。将来を不安になっても仕方がない。人間は、やっぱり人間でしかないんだよ。心も体も、がんばっても限界がある。がんばっても報われないことだってある。それが、うつ病を経て学んだことかな」

努力は成功の母、的な言葉は、この世に実にありふれている。限界を超えるというのは、一種の美学になっているのかもしれない。

もちろんそれはそれで大いに結構だ、と私は思う。そうでないと発展・進歩しないのもまた、人間であるからだ。だがしかし、うつ病患者にとってはそうではないのだ。

そして、日高さんがとった行動は―――。

<第4回>に続く

過去の投稿

<第1回>今を生きる。うつ病を経験した一年間が、僕に教えてくれたこと。

<第2回>今を生きる。うつ病を経験した一年間が、僕に教えてくれたこと。
なにもかもがぐちゃぐちゃ。心身が崩壊した一年。

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