生粋人

<最終回>僕を突き動かすのは、“直感”。境界線の、先にあるもの。 ――音楽家・太田豊

太田豊・26歳~現在。交錯する二つの楽器と、「直感」を大切にした生き方。

大学では4年間、しっかり雅楽を学んだ。サックス奏者だったことは、伏せ続けた。
ただ一度、学生最後の文化祭で、ライブ中にサプライズでサックスを吹いて周囲の驚きと歓声をかっさらったのは、今でもいい思い出だそうだ。

卒業後、すぐに龍笛奏者として充実していたかといえばそうではなく、並行してさまざまなバイトをしながら生計を立てた。

「そんなある時、『太田さん、サックス吹けましたよね?』って作曲の仕事を頼まれたことがあった。少し戸惑ったけど、まだケースにしまったままだったサックスを、本当に久しぶりに出した。
僕、バイトしてる場合じゃないなって思った

この時、太田さんが一瞬遠い瞳をしたように感じた。雅楽をやりながら、サックスを吹く。一度は置いてきた夢をまた手にすることに、迷いが生じないわけがない。その局面に、どう対峙したのだろうか。

「うーん…。なんかね、龍笛でもサックスでも、どっちでもいいんだな、って思った。
サックスを使って作曲していくうちに、かつて感じていた変な“劣等感”は吹っ切れたから。
龍笛奏者の自分とサックス奏者の自分の間には、大きな境界線があると思っていたんだけど、そうじゃなくてもいいのかなって

どちらかの自分ではない。どちらもの自分こそが、自分なのだ。
その境地にたどり着いた太田さんは現在、龍笛奏者・サックス奏者の“二人の自分”が落ち着けるような、境界線を探しているという。

ただ単純に雅楽とジャズを合わせるのではなく、太田さんが求めるのは、両者の自然なブレンド。その加減を、こたつとソファが一緒にあるリビングみたいな心地よさ、と彼は表現した。

「ここまでやれる。じゃあ次はどこまでやれる?自分にしかできない、壮大な人体実験だよね、もはや(笑)。でも、そのギリギリの境界線を探りたい。その先にある音楽を、僕は知りたいんだ」と言って、いたずらっぽく笑った。

これまで紹介した太田さんの人生の岐路には、意図して「直感」という言葉を用いてきた。

それは、彼がモットーとしていることだからだ。

「物事をこねくりまわして考えることは、僕はあまり好きじゃない。だって、考えると止まってしまうから。作曲もそう。曲を止めて一度考え込んでしまうと、なにも生まれてこなくなる。あれこれ考えてもしっくりこなくて。
でもそういう時ほど、ファーストインプレッションがベストだったりするんだよ。だから僕の人生は、直感やひらめき、思い付きを大切にして選択していきたい

人間だれしも、人生の全てを自分の思い通りにクリエイトしていくことは困難だ。
けれどそれが、太田さんのように、直感や衝動に従う選択だったら?
結果、どんな道を歩んだとしても、それは面白いものであるだろうし、その先もきっと面白くなるのだろう。

「今の自分が探し続けている境界線の先が、どうなっているのかはわからない。人生は、川の流れみたいなものだから。
だけど、なにもしないでただ流されるか、自分の直感で流され方を決めることはできると思う。どうせだったら、雅に、ジャジーに。僕はかっこよく流されたいな」

Text:光田さやか
Photo:荻野哲生

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