編集だより

未来に生きるものは、過去の苦労を忘れる

今日、出会う言葉

開発の過程には、筆舌に尽くせぬ幾つかの困難があった。
しかし、未来に生きるものは、過去の苦労を忘れる。

「ロータリー47士の闘い 夢のエンジン・廃墟からの誕生」
ロータリーエンジン研究部部長 山本健一

こんにちは!光田です。
「プロジェクトX リーダーたちの言葉」より抜粋してお届けします。
「どうせ無理だよ」と言われ続けても、世間がどれだけバッシングをしても決して諦めなかった、47人の男たちの物語です。

あらすじ

昭和二十年。原爆投下後の広島で、復興に向けていち早く動き出した会社がありました。三輪トラックの製造業を営む「東洋工業(後のマツダ)」です。
戦後10年ほど経ったころ、国の政策で巨大メーカーへの吸収合併の危機に立たされた同社は、会社存続のため、西ドイツが試験的に開発したロータリーエンジンを実用化させようと奮起します。秘密裏にその命を受けたのが、山本さんでした。

しかし、「欧米にもできなかったことが、こんな小さい会社にできるものか」と、社内の態度は冷ややかでした。ベテランさえも匙を投げる始末…。
そんななか「ロータリーエンジン研究部」に集まったのは、自身を含め平均年齢25歳の若い社員47名でした。赤穂浪士にあやかって、「ロータリー47士」と命名。その指揮を執った山本さんは、「研究室を家だと思い、寝ても覚めてもロータリーエンジンのことを考えるように」と仲間を奮起させました。

ところが、試作に試作を重ねても、失敗の連続。苦労の末、一度は完成にこぎつけるも、今度はオイルショックの波が襲い、ロータリーエンジンは「ガソリン食いの悪魔のエンジン」と汚名を着せられ、世界から非難を浴びることに。
しかし山本さんは諦めませんでした。寝る間も惜しんで、頬骨が浮き上がるほど痩せて研究を続けたそうです。その姿に、諦めかけていた部下たちも心を打たれ、再び情熱の炎を燃やすようになったのです。

そして昭和53年。燃費40%アップを達成した驚異のスポーツカー「サバンナRX7」を発表。その後マツダのロータリーエンジン車は世界最高峰の自動車レース・ルマン24時間耐久レースで日本車として初めて優勝することができました。搭載されたロータリーエンジンの性能を世界に知らしめることができたのです。

そしてそのときの思いをまとめた冊子を、こう締めくくっています。

開発の過程には、筆舌に尽くせぬ幾つかの困難があった。しかし、未来に生きるものは、過去の苦労を忘れる。研究者も技術者も、過去の苦難を思い出す余裕もなく、ただひたすらに未来の夢に情熱を燃え立たせている」と。

考察&まとめ

誰も成し遂げたことのないことを、やらなければならないとき。困難や苦労はつきものです。めげたり、投げ出したくなる時もやってきます。
しかしその苦労は、達成したときの喜びには勝りません。そのためにリーダーがするべきことは、上からあれこれ言うのではなく、身を粉にして率先して現場に立つこと。目指すべき場所へ先導するのではなく、部下や仲間と一緒に行くことが大切なんだと思いました。
そしていつまでも過去の苦労を語り合うのではなく、「次」の話をする。ひたすらに未来のことについて思いを巡らせることが、よりよい仕事につながっていくのですね。

Text・書:光田さやか

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