生粋人

<第3回>“干渉、影響、新結合”。人と技術と素材が織りなす「MOARE」の照明。「柿下木材工業所」柿下孝司

「MOARE」ブランドの誕生。使い手も作り手も満足できるものづくりを。

フランスでの経験を経て、自社の進むべき方針を固めた柿下さん。2007年、北欧のデザイナー・Heikki Ruoho氏と、プロダクトデザイナー三原昌平氏のコーディネートにより「H+(ホープラス)」を開発した。北欧のシンプルさ・モダンさを基調に、日本の行燈を融合させたインテリアライトだ。

「自社開発商品の最初がこれでよかったなって思うくらい。素晴らしいデザインでしょう。毎日見ていても飽きないんです。これってすごく大事なことで。作り手が、自分たちの商品に飽きたら終わりです。いつまでも素晴らしい商品だなと思わせてもらえて、本当によかったと思っています」

この「H+」が契機となり、デザイナーの渋谷達也氏を招いて本格的に自社ブランドへのブラッシュアップが始まることとなる。

当時、下請けの受注だけでも十分な売上はあった。しかし、2008年のリーマンショックや2011年の東日本大震災などを経て、やはり下請けに依存しない自社の方針が必要であると、柿下さんは確信していた。

飛騨高山の家具づくりの技術と、自然が育んだ木の温もりが織りなすブランドは、「MOARE」として誕生。イサム・ノグチの「AKARI」のように、長く使われ、長く作られ、長く愛されるブランドを目指した。

「僕、デザインが使い捨てされるような感覚があまり好きではなくて。売れればいい、というプロダクトデザインも必要かもしれませんが、作り手が長く作りたいと思える商品、技術に挑戦し続けられる伸び代を持った商品が、僕はいいなと思ったんです。
でもその一方で、お客さんにとっての使い心地も大事にしたい。だから展示会などでは商品に触ってもらったり、ライトが点いていないときと、ライトを点けたときの存在感が異なるのを感じてもらったり。あまり技術がどうとかの営業トークみたいなのは積極的にはしませんね。
作り手のエゴになりすぎず、ちゃんとお客さんの満足も叶えられる商品。“工芸”と“工業”の間の感覚でいることは、大事なんだと思います

ここで、「MOARE」というブランド名に込めた思いを尋ねてみる。

線が細かく印刷されたときに、線と線の間がもやもやして見えるモアレ現象って起きますよね。日本語だと『干渉縞』とも言ったりします。その線を、人や素材に見立てて、それぞれが干渉を起こすことで互い影響し合い、新たな現象を生み出すということを世の中に発信したいと思い、この名前にしました。
照明器具も、いろいろな職人さんの技術と、いろいろな素材がかけ合わさってできています。いわゆる“新結合”というのかな。『MOARE』はそういった可能性を秘めている商品であると、伝えていきたいです

人やモノ、コトとの干渉を避けて生きていくことが多くなった、現代。他と干渉せずに、同じ考え方、同じ価値観を持つ人だけで集まっていれば、それはきっと居心地はいいだろう。

しかし、そこにはなんの影響も起きない。積極的に他と交わろうとせず、干渉を避け、影響を受け合わない環境では、新たな価値観など生まれないのだ。
その“新結合”を感じられる商品として、「MOARE」が持つ要素は、ただの照明器具だけではないのかもしれない。

「世の中にはいろいろな照明器具がありますから、そのうちの選択肢の1つとして思ってもらえたらうれしいですね。あと、単純に言えば最近だと木の家具そのものが減ってきています。節があったり、経年変化したりするので、長く使おうとすると管理が必要だったり扱いにくかったりするという理由で、敬遠されてしまうんですよね。
そんな中でも、木の家具がいいと言ってくれる人がいる。そういう人たちのために、少しでも長く愛用してもらえるようなフォローを、メーカーとしてもしていきたいと思っていますし、『MOARE』がある暮らしが安心するような、心地よい存在でいたいですね

照明器具というジャンルにこだわり、一途に自社のいく先を追求してきた柿下さん。「MOARE」の照明を自宅に招くことで、使う人の暮らしにもなにかの“新結合”が起こるかもしれない。日常の中では気づかない、ほんのそよかぜほどの暮らしの変化に、気づけるような人でありたいものだ。

そんな柿下さんは、「MOARE」の製作を通じて仕事の在り方も考えるようになったという。
実際に職人さんが作業している様子を見せていただきながら、現在の自社の取り組みと、人の強みを活かすマネジメントについても話を伺った。

<最終回>へ続く

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