生粋人

<最終回>ピンチの時こそ、チャンスはある。僕が”変化”を楽しむ理由。「様時」石川哲也

迷ったらGO!「変わり続ける」楽しさ。

こうして石川さんは名古屋を離れ、次なる“遊び場”を瀬戸市に決めた。例によって、古民家の改装はまたも急ピッチで進められた。移転を機に、店名も『様時-SAMATIME-』に変更。「お客様のための時間を提供したい」という思いを込めた。オープン日は、またしても11月2日。大曽根の『SUMMERTIME』の開店日であり、里美さんの誕生日だ。

「毎年、なんでこうなるわけ!?ってさとみんはキレてましたね(笑)。だから僕からの誕生日プレゼントは“試練”ですって言ってあります」

焼物職人の街・瀬戸の商店街にはなかった、カジュアルなダイニングバー『様時-SAMATIME-』は、瞬く間に人気店になった。瀬戸の若い人が足繁く通うようになり、商店街にも人通りが増えた。肉や魚は商店街の店から調達することで、経済も循環した。
大曽根にあったときと同様に、DJライブや祭り、ゲストを呼んでのさまざまなイベントも企画した。瀬戸の街を活気づけたい。名古屋で自分がそうしてきたように、大人が全力で楽しむ姿を、今度は瀬戸で見せたいと石川さんは思った。

ところが、半年ほど経ったある日のこと。店はまたしても大きな転換期を迎える。

石川さんが何気なくSNSを見ていると、友人のうちのひとりが投稿していた動物愛護のコンテンツに目が止まった。彼女は肉や魚、卵など動物性由来の素材を口にしない「ヴィーガン」だった。

「ヴィーガン、という言葉自体もそのとき初めて知ったくらいです。ヴィーガンのお店には行ったことはあるけれど、特別意識もしていなくて。だけど、なんとなくこれからはヴィーガンの流れが来るような気がして、思い切ってこの店をヴィーガンダイニングにしてみようと

あまりに突然な石川さんの提案に、驚きのあまり目をしばたたかせる里美さん。しかし、そこでこのように発想を転換するのが石川さんだ。

肉や魚を使わずに料理を工夫してみたら面白いんじゃないか?と思ったんです。お肉に見えてお肉の味もするのに、実はお肉じゃない、なんて、なんか面白そうだなって

試しに、里美さんとともに動物性のものを摂らずに生活してみた。最初は不安だったが、意外と続けていけそうな気がしたと、当時を振り返る。なにより、自分が口に入れるものをしっかり見て選び、丁寧に調理し、味わうことの大切さに気付かされたという。

それからというもの、2人は仕入れ先である商店街の肉屋や魚屋、得意先に事情を説明し、頭を下げにまわった。ヴィーガンレストランになる以上、彼らと今後の取引ができなくなってしまうからだ。

「大変だったのはさとみんだよね」と、石川さんは里美さんを見る。里美さんもその言葉を受けて「ほんとですよ!店の料理全部変えなきゃいけなかったんだから〜」と笑う。しかし言葉とは裏腹に、新たなメニューの開発はそこまで苦労を感じなかったと続ける。

私の祖母がもともと健康志向で、菜食が中心の和食をよく食べさせてくれていたんです。祖母は美容家でもあったから『食生活を変えるのが一番の美容法だ』なんて言っていたくらい。だからそのときの献立をもとにしたシンプルな和食を目指していたら、自然と動物性のものに頼ることなく料理を作ることができたんです。そのうちに、こうしたらお肉っぽく感じられるんじゃないかとか、調味料をこうすればこの味が再現できるんじゃないかとか、考えるのが楽しくなってきちゃいました

ヴィーガン料理、というよりは、“からだにやさしい創作料理”とでもいおうか。「あれもダメ、これもダメ」ではなく、「こうすればできる、こうすれば楽しめる」と考えて行動し、その行程を楽しみながら料理にしていくところが、実におふたりらしい。

ヴィーガンに切り替えたことで、店から離れた客も何人かはいたが、堅苦しくないスタイルのヴィーガン料理とポジティブな発信が市外にも広まり、また違った客層が訪れるようになった。そういった流動的な動きもまた、“楽しい”を求めた先にあるものだ。

「しゃちほこ1号が、よく口癖のように言ってたんです。『てっちゃん、迷ったらGOだよ』と。やってみてダメだったらやり方や方向を変えればいいって。僕もそう思います。何事も、始めるのに勇気なんて要らないんですから」

始めたいこと、やりたいこと。もしそれが胸の内に小さく存在していても、多くの人はそれに目を向けようとはしない。だがそこに、勇気など必要ないのだとしたらどれほど気が楽になるだろう。もちろん無計画に無節操に、というのはいただけないが、勇気がないからという理由で胸の中の小さなものたちを外に出してあげられないのは、実にもったいないことだ。

そして、生きていくうえで避けられないのが、突然身に降りかかるピンチな状況だ。感情を弄ばれ、絶望の淵に追い込まれ、悲壮の底辺でのたうち回っても、グラフの負の方向にはたらいたそのエネルギーは何かを始めるチャンスになる。
そして、そんな思いをした人だからこそ出会うことができる極上のハッピーが、きっと待っている。だから彼は、変化を恐れずに生きていけるのだ。

「実はね、今の店の隣が空き家になっているんです。今度はここを改装して、またみんなのための居場所を新しく作りたいな、なんて思っています。次のピンチはなんだろう?って、もはやちょっと楽しみだったりして

勇気など、必要ない。ピンチは、チャンス。そしてハッピーエンドの大団円。そうこなくっちゃ、だ。
人生の大冒険は、いつだって突然始められるのだから。

※ヴィーガンダイニング『様時-SAMATIME-』の記事はこちらから

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