“うたのちから”。その場にいる人をしあわせに。――ボーカリスト・本田智奏

“Amazing grace how sweet the sound
That saved a wretch like me.
I once was lost but now am found,
Was blind but now I see…”

彼女の歌う声に、心が持っていかれる感覚がする。インタビュー中に見せる柔和な笑顔からするに、私の中では少し想像と違った声だった。
芯が強くて、ハリがあって、それでいてどこか安らぐような。

「えへへ、こんな感じですー」。そう言って歌い終わった彼女は、また目を細めて笑う。少女のようなかわいらしい笑顔だ。
その笑顔と歌声の強さに隠された彼女の半生が知りたくて、話を聞いた。


「そのままのあなたでいい」。今も残る教え。

彼女の歌の原点は、アカペラにある。ボーカリストの本田智奏さんは、大学生当時、まだ知名度の低かったアカペラで仲間を募りサークル活動をしていたそうだ。

「今でこそ、アカペラって有名ですが、昔はそんなことなくて。マニアの集まり、っていうのかな(笑)。『君もアカペラ好きなの?実は私も!』みたいな人が何十人も集まったんです。みんな純粋に好きという気持ちで楽しんでいましたね。だからこそ、名古屋や関西のいろいろな団体が注目してくれて、あちこちのステージで歌わせてもらっていました」

歌で生きていきたい。
彼女の中に思いが芽生える。智奏さんを含む団体の中の数名は、音楽事務所からプロへの誘いも受けた。しかし社長から言われた一言に、彼女は心を閉ざしてしまう。

『歌い手は、楽しまなくていいから』。そう言われてしまって。すごくショックだったのを覚えています」

確かに、商売として歌を歌うなら、“楽しい”だけを優先してはやっていけない部分もあるのかもしれない。世に求められる歌を。商品になる歌を。大人がそう考えるのも、今ならわかる気がすると彼女は言う。
けれど彼女は純粋に歌を楽しむ大学生だった。そんな世の中のあれこれを理解するのには、まだ年齢が追い付いていない。

結局、それをきっかけに当時のメンバーとは散り散りになってしまったという。その社長についていく者。悩みながらも大学生活を送る者。いろいろな選択肢をゆく友人たちの背中を見ながら、自分はどうしようかとしばし岐路でたたずんだ。

いったん、本格的に歌を習ってみようって思ったんです。その時の先生からジャズやゴスペルの楽しさを教えていただきました。それだけでなく、ジャズピアニストの綾戸智絵さんに引き合わせてくださって。私自身も綾戸さんのバックコーラスでコンサートに出させていただいたこともありました」

綾戸さんは、智奏さんにいろいろなことを教えてくれたという。
まず、『歌や表現は心のストリップ』だということ。
日本語では大げさになってしまいそうな表現も、英語なら多少オーバーなくらいが伝わる。それが彼女の持論だ。

「例えば、歌詞の中に出てくる“you”の1単語。“あなた”はその場にいるのか、いないのか。今は会えないだけなのか、もう死んでしまって思い出の中の人なのか。特定の誰かなのか、会場全体を指すのか。“あなた”と、“今の私”との距離感や、その時の季節、息づかい…。そういったものを、“今の私”が“今の思い”で歌うんです。だから、また時が経てば別の表現になるのかもしれない。そのとき、そのときの“私”の表現が大切なんだと

言うなれば、クラシック音楽とは対極にあるのかもしれない。クラシックは、作曲された当時の様子や作曲者の思いを、何百年と変わらずに受け継いでいく音楽だからだ。ジャズ・ゴスペル音楽を通して、綾戸さんは、常に“今の自分が歌うことの大切さ”を教えてくれた。

そしてもう一つはこれだ。

『そのままで、ええで』。

歌を歌うのが楽しいなら、それが今のあなた。そのままでいいと。綾戸さんはそう言ってくれて。自分の中で強く張っていたバリアが壊れるような、ふっと楽になった感覚がしました

その後、表現者としてではなく講師としての仕事も来るようになったという智奏さん。生徒の悩みに寄り添いながら、“笑顔で帰ってもらえる”レッスンを心がけているという。ただ技術が上達すればいいのではない。帰り際の「ああ、楽く歌えた!」の一言を、智奏さんは大切にしているのだ。



幅広いジャンルのアーティストに。

アカペラに始まり、ジャズ、ゴスペル、昭和歌謡、ブライダルなど幅広く活動の場を広げている智奏さん。 キーボード&ボーカルの木須康一さんとのユニット「Gift」では日本語・英語・韓国語の3か国語で歌を歌い、中部国際空港ソウル便就航レセプションでのステージや、愛・地球博において「子ども会議テーマソング」のボーカル、商業施設でもライブを行うなど、パブリックな場での経験も豊富だ。

中でも面白い活動が、「うたのギリギリおにいさんおねえさん」。幼稚園・保育園や子ども向けのステージイベントで、ダンスを交えながら歌う。かぶりモノ、着ぐるみ、衣装だって子ども向け。「年齢も、発言も、人生もギリギリ」という振り切った設定(本人談)のため、途中で疲れてステージ上で休憩だってする。客席も巻き込んでなんでもありの楽しいステージは、子どもと保護者でいつも超満員だ。

「童謡から演歌まで、なんでも歌います。『うたのギリギリおにいさん おねえさん』もそうです(笑)。最初は『ギリギリおにいさん』に声をかけていただいて、一緒にやってみないかと。そしたらこれがありがたいことに、存在を徐々に皆さんに知っていただけて(笑)。昔、ガソリンスタンドやキャラクターショーのバイトもしてたんで体力はあるんです(笑)」

ステージによって、オーディエンスによって、曲によって。彼女が「楽しさ」を感じるところで彼女らしさを出して歌う。そこで過ごす全員にとって楽しい空間を作り出しているのだ。
ジャンルを絞る必要性は、彼女にはない。そこにいる人が「童謡がいい」と言えば童謡を、「切ない歌がいい」と言えば泣けるほど悲しい歌を。その場で求められているものを提供し、その場のみんなが幸せになってくれたら彼女は嬉しいのだ。だからこそ聴く人の心をとらえ、惹きつけるような歌が歌えるのだろう。

目に写る人たちを歌で幸せにしていきたい。歌にはそういう力があると思っています。小さなステージでもいい。お客さんみんなの顔が見えるところで歌うことで、その人たちが笑顔になってくれたらうれしいです。だからご自宅でのホームパーティでも、大きな企業さんのイベントでも。私がやることは変わらないのかなって。私の歌で、その場にいる人が楽しんで、幸せになってくれたら。それが一番うれしいんです

“うたのちから”。智奏さんにしか使えない、とっておきのパワーだ。この秋もイベントやコンサートが目白押しなので、ぜひ足を運んで彼女からパワーを受け取ってほしい。

きっとその帰り道は笑顔になれるはずだから。

<ライブスケジュール>
11/2(土) 「金山音楽フェスティバル2019」as emotional voices
11/3(日) 「金山音楽フェスティバル2019」as うたのギリギリおにいさんおねえさん
11/22(金) 「イオンモール熱田」as gift

Text:光田さやか
Photo:荻野哲生

2 件のコメント

    • そのままの智奏さんが歌う、飾らない歌声は、
      そこにいる人を幸せにしますね。
      彼女の持つ「うたのちから」を、これからも応援していきます!

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