美しく、粋に。肩肘張らずに和のたしなみを――「美粋道」菱川誓保

華道に茶道、書道に剣道。和の技術を要するたしなみには必ずと言っていいほど「道」がつく。もとより、その呼び名が定着したのは明治時代からであるが、ここではその話は割愛しよう。
一宮市で着物の着付けを生業としている菱川誓保さんは、このような日本文化のさまざまなたしなみを“粋な道”として捉え、自身の屋号を「美粋道(びすいどう)」と命名、気張らないスタイルで日本文化に触れることを勧めている。
軽暖の空気に柔らかく包み込まれた築90年の旧家で、そのルーツを聞いた。

着物は、服。難しく考えず、ストレスフリーに。

「着物も、難しいと敬遠されがちですよね。あれはダメ、これはダメ、あの道具が必要、これとこれは合わない…。でも、そんな風にルールで縛ることないと思います。着物って、つまり服ですから。その場にふさわしい“格”や注意しなくてはならないポイントなど、基本をしっかり学んでおけば、あとはその人のライフスタイルに合った着方をしていただければいいんですよ

私に着付けを手ほどきしながら、菱川さんはそう言った。彼女は必ず、生徒には最初に持っている道具を全て見せてもらうという。「あったほうが便利」な道具は数あれど、「なくてはいけない」道具は少ないという。
「だって、昔の人は普通に着ていた衣装ですから。
その人のお手並みやお持ちの物にもよりますが、この道具は絶対買いなさいとか、必要以上にあれもこれも勧めるのは好きじゃないんです。もちろん、しっかり揃えたいという人には、小さな道具おひとつでも丁寧にご提案させていただきます」

指先にまで上品さが宿っている。菱川さんの一挙手一投足は、同性の私でも思わず見とれてしまうほどだ。

幼いころから、和の文化に馴染みのある生活をしていた菱川さん。お祖父様が茶道に長けた方だったらしく、畳の上を指さし「ここへ正座しなさい」とよく茶の湯に招かれたという。 この日本家屋も、もとはお祖父様の住まいだったそうだ。

悠然とした所作で、お祖父様が茶を点てる。それを見ていると、だんだん足がシビれてくるのがわかる。作法が違えば叱られる。やっとの思いで飲んだ茶は苦い。
幼き彼女は思う。「なんでこんな思いをしなきゃならないの!和の文化なんてまっぴらだ!」と。

そうは言っても、和の心はしっかりと彼女に備わっていたようで。会社務めをしながらも、着物はことあるごとに着ていたという。ある時それを本業にしたいという思いが芽生え、着物の着付け師を志すように。
猛勉強の末、あくまでも自分らしく、ストレスフリーでいられる着付け師・菱川誓保として独立した。

お祖父様の亡き後、この残された旧家を手入れして活かすことにした。茶の湯を通して和の文化の大切さを伝えようとしたお祖父様の気持ちが、少しわかった気がしたという。
今では着付け教室以外にも、サロンやワークショップなどで利用できるそうだ。
このような設えの中で行う習い事はさぞかし捗ることだろう。

和をトータルで楽しめる場としての在り方。

室内をぐるりと見渡すと、ひときわ美しい装飾品が目に留まった。

壁面を彩るこのタペストリーの正体は、帯だった。
柄が出るように美しく折りたたんで、掛け軸の吊り下げ部分を利用して装飾品に仕立てたのだそうだ。
「これね、切ってないんですよ。帯そのまま。今でもほどけば普通に使えます」。
テーブルランナーもしかり。職人が心を込めて作ったものにあえてハサミを入れることなく、菱川さんは独特の方法で「和」を楽しんでいる。

お端折り(帯の下の、着物の折り返し部分)のない着付け。半幅帯をあえて見せることでお端折りの役目にも。帯は大胆に斜めに。
絢爛豪華な帯に、西洋のネックレスを合わせる。金の刺繍糸と互いに引き立て合っている。

着付けをしていて、とても心に残った出来事があるという。

「ある方に留袖を着付けさせていただいたんです。留袖の場合、普通帯あげは白か金・銀と決まっているのですが、その方はオレンジ色の帯あげを持ってこられたんです。なんでも『お父さんの形見だから』と…。どうしてもこれを付けたいとそうおっしゃいました。
そんな大切なもの。私が『ダメです』なんていう筋合いはどこにもありません。『これでいきましょう!堂々としていればいいんです!胸を張っていきましょう!きっとお父様も喜んでいらっしゃいますよ』。そう言って送り出しました」

着物が着たい。
単純にその気持ちが嬉しいと、菱川さんは言う。
基本に忠実でありながらも自分を表現できるさりげない奥ゆかしさや、純粋に和の文化に触れる楽しさ、職人がひと針ひと針にこめた情熱、親から子へと受け継がれてきた思い…。
そういうものを、着物を通して感じてほしいと話す。

着物だけじゃない。和の文化にはそういったものがそこかしこに息づいています。それを楽しもうとする人はみな等しく、美しく粋で、そして輝いています。そんな人をもっと増やしていけたらうれしいですね。
例えば、お茶の教室を開きたいけれど場所がない…とお困りの方は、こちらをお貸しすることもできますよ。皆さんで、和のたしなみを楽しんでいけたらいいですね」

美粋道
愛知県一宮市木曽川町門間字東郷
0586-86-2322
email:bisuido@chikaho.com

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