ひとつごとを成し遂げることは大変だ。偉大だ。
そして、それを継続し続けるのもまた大変なことであり、偉大なことだ。

愛知県碧南市にあるみりん製造会社「杉浦味淋株式会社」の三代目・杉浦嘉信さんは、祖父の立ち上げた会社で、祖父の“秘伝の書”をもとにしたみりんを作り続けている。

紆余曲折の背景と、みりんづくりにかける思いを聞いた。

みりん処・碧南に残る一番の新参者。

自社のことを「現在碧南で残っているみりん蔵の中では一番の新参者です」と、杉浦嘉信さんは話す。新参者、と言っても創業は大正13年。一番古い蔵は「九重味淋株式会社」で、創業250年にもなるという。多い時では25軒もの蔵が存在したが、戦後の米事情からその多くは日本酒づくりに転身。現在は5軒を残すのみとなっている。

「この会社を創業したのは、私の祖父です。でも40代半ばで早世してしまって。親父が4、5歳の頃だと聞いています。祖父亡き後は、戦後の混乱の最中、祖母が細々とみりんを売って生計を立てていました」

 戦後は現在のようにみりんを製造していたわけではなかったという。先に挙げた老舗みりん蔵の「九重味淋」が自社で醸造したみりんを分けてくれ、そのボトルに「杉浦味淋」のラベルを貼って売っていたそうだ。
 その後、杉浦さんのお父さんが会社を継ぐことに。時代は高度経済成長期の真っ只中で、つくれば売れる時代だった。しかし競合他社とは違い、知名度や認知度の低かった杉浦味淋は、やがて酒の大手ディスカウントショップと提携して仕事をするようになる。すると薄利多売が続き、経営は次第に苦しくなっていった。
 三代目の杉浦さんが会社を継いだ頃には、どれだけ営業をかけても、味の特徴もこだわりも強みもない当時の製品では、ほとんど買い手は見つからない状態になってしまっていた。

原点に立ち返り個性を磨いて販路を拓く。

もう、どうにもならない。自分にも守るべき家族がいる。
会社をどうしようか、みりんづくりをどうしようか。杉浦さんは思い悩んだ。

 半ば諦め半分の気持ちで、整理も兼ねて2階の倉庫を清掃していたある日、杉浦さんは祖父が残したと思われる古いメモ書きを見つけた。そこにはなんと、創業当時に使われていた独自の配合が書かれていたのだ。
そのレシピを見た瞬間、杉浦さんの中の職人の気質が疼いた。
「このメモに、もう一度懸けてみよう」。

 一般的な本みりんは、仕込みから絞りまでの期間が約3ヶ月。夏を越すと発酵が進みすぎてしまうため、職人の多くは長期間発酵を嫌ったが、杉浦さんはあえてそこに着目。6ヶ月寝かせ、そこからさらに1年、3年と置いた。
 祖父のレシピに基づいて材料も見直した。醸し文化の根付く三河の誇りを守るため、もち米と麹米は三河産のみを使用。やるならとことんやろうと、田植えから携わることにした。

 3年も寝かせると、みりんにオリ(雑味や苦味の元になる濁りの部分)が増えるためろ過が大変になったが、とにかく時間をかけて育てることにこだわった。これまでとは違い少量しか生産できないが、全て手作業で、自分の目の届く範囲でやれることが嬉しかった。「じいさんも、こうしていたのかもな」。時折そんなことを、思った。

 こうして復刻させたのが「古式三河仕込愛桜 純米本みりん 1年熟成/3年熟成」だった。琥珀色の上品な輝きが美しい1年熟成は、メープルシロップのようなすっきりとした甘みが特長。さらに3年熟成ともなると、その味わいはさらに奥深い。黒糖のような濃厚さがありながらも、米本来の素朴な旨味の余韻を感じられ、思わず唸ってしまうほどだ。

 その甘みを生かし、洋食や洋菓子へも販路を広げた杉浦さん。これまでにない新たな調味料の味わいに、多くの料理人たちがこぞって腕試しをするように杉浦さんのみりんを求めた。

 職人がたどり着いた渾身の黒き一滴。さて、どう味わおうか。

杉浦味淋株式会社
愛知県碧南市弥生町4-9
TEL 0566-41-0919
https://www.mirinya.com/
※商品のご購入はHP内のオンラインショップからお求めください。

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