また訪れたい名店

例えばそれは、“切り替え”の空間。名古屋市東区「Bar Stair」

職場と家とを繋ぐ階段があるとしたら、それはきっと「Bar Stair」のような場所だろう。
心の荷物を少しだけ下ろし、気持ちを切り替えられる自分だけの空間を、大切にしたい。


「夜の喫茶店」として気軽に立ち寄れる場所を

名古屋市東区泉。大通りから一本中に入ったところに「Bar Stair」はある。文字通り「階段」を上がった先が入口になっており、シックな黒い扉を開けると、マスターの安田泰也さんが出迎えてくれる。

20歳の時からバーテンダーを生業にしてきた安田さんは、この道20年にもなるベテランだ。さまざまな雰囲気の店を経験してきた彼が「次の自分へとステップアップしたい」という思いを込めてこの店を開いたのが2019年のこと。「若い頃は、いろいろなカクテルを作ることがただただ楽しかったという感じですが、今となってはお酒やお客さまとの向き合い方も変わってきましたね」と安田さん。酒がたどってきたストーリーや歴史的、政治的背景。ラベルに込められた意味、世界観。今の安田さんが提供する一杯には、彼が長年かけて深めてきた知識や好奇心も、込められている。

そんな安田さんは、自分の店を「夜の喫茶店」のように使ってほしいと話す。

「会社や仕事で、みなさんいろいろ疲れていると思うんですよね。バーと聞くと、男性が女性を連れてくる場所、というイメージもあると思いますし、もちろんそういう使い方をしてもらうのもうれしいですが、自分としてはもっと気軽に、夜の喫茶店のように使ってもらうのもうれしいです。職場でのいろいろを家に持ち帰るのではなく、少し気分転換したり、思考を整理したり。誰かに話してスッキリしても、一人で考え込んでもいい、お客さま自身が居心地がいいような場所を提供したいと思っています」

客の雰囲気をそっと感じ取り、時には影となり、時には友人となり接する。初めて訪れても、この場にすんなりと溶け込むことができるのは、彼の作り出す空気感のおかげだ。

メニューのない空間で、新しい一杯との出会いを楽しむ

「Bar Stair」には、いわゆるメニュー表や価格表といったものがない。その理由を尋ねると「先入観にとらわれず、その時の気分や好みで、出会いを楽しんでほしいから」であるという。当然ながら「こういうものが飲みたい」とオーダーするのもOK。もしそうでなければ、安田さんのインスピレーションに今日の一杯を委ねてみるのもいいだろう。

「クラシカルなカクテルのレシピも大切にしつつ、時代に合わせたクリエイティビティも追い求めていきたいですね。料理やグラスから発想して、新たな見せ方も挑戦しています」

驚くべきことに、カクテルには肉や魚を使用したものもあるのだという。素材そのものを使うのではなく、肉や魚から抽出したエキスをワインやウォッカなどの液体に移し、それをベースに作り上げていくのだ。定義も味も異なるが、酒とスープの中間、といえば、どういったものか想像しやすいかもしれない。「休みの日はだいたいどこかの飲食店やバーに顔を出して、見聞を広めています。カクテルにはまだまだ知らない世界があるんだなと思うと、面白いですね」と安田さんは顔を綻ばせる。店名に込めた「ステップアップ」への思いが垣間見えた。
もちろんフルーツを使ったオーソドックスなカクテルにも、思考を働かせるべきポイントはたくさんあるという。たとえばオレンジ1つとっても、品種や採れる時期によっては味わいに微妙な差が出る。その甘味や酸味、苦味などを考慮し、ベースとなる酒の銘柄や年代も変えているのだ。

コーヒーの抽出方法から着想を得た「りんごとダージリンのカクテル」。ブランデーの華やかさと紅茶の香ばしさに加え、ほのかなりんごの風味も感じられる。柔らかな口当たりでゆっくりと味わえる。

基本や伝統に忠実に、かつ新たな魅力も見出して。複数の要素とその特性を瞬時に見極め、そこへ安田さんのオリジナリティと客の求めるものをうまくすり合わせていく。スマートに見えるその所作の一挙手一投足に、こだわりと思いが散りばめられているのだ。

「肩肘張らずに、気持ちを切り替えたいときに気軽に遊びにきてください。誰にだってそういう場所と、そういう時間は必要ですよ」

人はきっと誰しも、自分が思うより多くのものを抱えてしまっている。
都会の階段で少し、自分を休めていこう。

<店舗情報>
Bar Stair
愛知県名古屋市東区泉2-28-12 アクセス泉 2F
052-936-6330
17:00〜26:00
水曜休
https://www.bar-stair.com/

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