好日写聞録

食にかけるひと手間。碧南の“名脇役”が愛した和食。

愛知県中南部では古くから味噌や醤油、みりんや酢、酒などの醸造が盛んだった。知多地方を含めたこの地域は、海路を通じて江戸と結ばれていたため、ここでの醸造物は都会で大変もてはやされた。

今回ご紹介するのは、みりん。
和食に欠かせない存在のこの“名脇役”を紐解いていこう。

味、香り、製法に蔵元の個性が際立つ

 みりんは主に和食に使うことが多く、香りや照り、つやを出したり、甘みを演出したりといった効果がある。また、肉や魚の臭み消しや、醤油や味噌など他の調味料と合わせることで調和させたり引き立てたりもしてくれる。その特徴ごとに3種類ほどに分類されており、もち米と米麹、本格焼酎の3つの原料で作られた「純米本みりん」、焼酎の代わりに醸造用アルコールと糖類を加えて熟成させた「本みりん」、ブドウ糖などの糖類とアルコール、化学調味料などを混ぜただけの「みりん風調味料」などがある。
 文字だけで見ると違いも用途も明確であるはずなのに、味噌や醤油などに比べるとなぜかいまいち馴染みがない。調味料の中で、唯一「どう手を出して良いかわからない」と感じる人も少なくないだろう。

 そのハードルを少し下げてくれたのは、碧南市の日本料理店「小伴天はなれ 日本料理 一灯」の料理長・長田勇久さん。料理人である傍ら、調味料や素材のもつ面白さを広く伝える活動もおこなっている。
 長田さんは、自身の料理で使い分けているという4種のみりんを並べてくれた。どれも異なる蔵元が造っている。

「色が薄い順に『九重味淋』の本みりん。私は照りや甘みを出すのに使います。一般家庭でも、和食で使いやすいのはこれかもしれませんね。この4本の中では一番安価なので、魚をシメたり漬けたりする時に多めに使うのにも向いています。隣が、『角谷文治郎商店』の純米本みりん。米本来の旨味をしっかりと感じられて、主張が強いみりんだと思います。魚や肉を焼く時に、仕上げにひと塗りすると上品な香りが立つんです。3番目に色が濃いのが『小笠原味淋』。同じく純米本みりんで、すっきりとしたきれいな味。他の調味料を下支えしてくれて、どんな料理にも合わせやすいですね。そしてこの一際濃い色のみりんが『杉浦味淋』の三年熟成の純米本みりん。甘みが濃厚で、複合的な味わいです。和食だけでなく、煮詰めて黒糖シロップのようにしてスイーツに使うこともありますよ。私にとっては料理の幅を広げてくれる一本です」

 聞きながら、少しずつテイスティングさせていただく。それらの個性的な味わいに、ひと口ごとに思わず目を丸くしてしまった。同時に、この違いを今まで知らなかったことを後悔した。その表情を見た長田さんはやさしく微笑む。

「みりんの面白さ、わかります?一つひとつを味わっていると、蔵元さんがどんな思いで造っているかが伝わるんです。なんとなく和食にみりん、ではなくて、それぞれの特長を感じながら、好みを探したり使い分けたりしてみてください。どんな味に仕上げることもできる名脇役ですから。いろいろ試してみると楽しいものですよ」

変わる食のあり方。豊かさを伝える

 知れば知るほど奥深いみりんの魅力。だが長田さんは「みりんの認知度が低いのも無理はない」と話す。

 ひと昔前までは、大抵の家庭には何世代もの人間が同居していた。食卓には急須で淹れたお茶があり、一汁三菜の和食が並ぶ食卓を、大勢で囲んだ。子らは自分たちの食べるものが畑で育っていく過程を知っていたし、料理の手伝いを通じて“命”をいただくことを学んでいた。味噌や醤油、酒に砂糖、そしてみりん。これらの調味料を使ってじっくり調理することで、その家の味が出来上がっていった。

 ところが時代が流れるにつれ核家族化が進み、女性が社会進出するようになると、時間のかかる和食は食卓から姿を消した。そして今では、一つ屋根の下にいながら個人が好きなものを食べる「個食」の時代だ。

 時短調理、作り置き、テイクアウト。忙しい現代の日本人は、かつてのように“食にひと手間をかける”ということを、忘れてしまったのだ。

「これでは、今の人が和食の魅力を知らないのも、みりんの使い道がわからないというのも、仕方ないですよね。この料理がどのようにつくられているのか。食材の産地はどこなのか。どんな調味料が使われていて、それらはどこの誰がつくっているのか。昔は食事を通じて、何気なくそんな話をしてきたはずです」

 長田さんは自身の活動で、まずはそこから知ってほしいと話す。かつての日本人が当たり前に知っていたことをもう一度学ぶことで、地元の食文化に興味を持ったり、生産者に興味を持ったりするきっかけになればと、顔を綻ばせた。

 和食の豊かさを支える調味料の数々。中でもみりんは、それぞれの職人のこだわりが如実に現れる、名脇役だ。“少しいいみりん”を工夫して和食を楽しむなんて、これ以上ない贅沢な時間に違いない。

小伴天はなれ 日本料理 一灯
愛知県碧南市作塚町1-16
TEL 0566-48-7838
11:30〜14:00、18:00〜21:30
水曜休(不定休あり)
https://kobanten.jp/ittou/

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