気候と自然の恩恵がもたらす、奇跡の一服

どこまでも続く緑、青。天高い里に、うぐいすのさえずりが奥ゆかしく響き渡る。
「もういいよ」と、“その時期”が来たことを告げているのだろうか。
それに応えるように、ふっくらと色づいた若々しい茶葉が、にこにこと揺れる。

ここは銘茶の産地、静岡県榛原郡川根本町。

 川根と茶のゆかりは深い。古くからの記録には、江戸時代には年貢として茶を納めていたとある。その味は時代が変わった今も、多くの人を魅了している。その理由を知りたくて、この川根本町の中でも、ひときわ高い標高600メートルのおろくぼ地区にある「つちや農園」をたずねた。

「川根でもこのあたりは特に標高が高くて、昼夜の気温差がとても激しいんです。一年を通しても寒暖差も大きくて。夏は湿度が高く、逆に冬はとても乾燥します。でもこの過酷な環境が、川根の茶葉を美味しくするんですよ」と話すのは、土屋裕子さん。南アルプスを背にした山間に位置するこの場所では、昔から人間の都合に合わせたものではなく、厳しい自然に寄り添うかたちで茶づくりが行われてきた。山霧が発生し、日照時間も短いこの環境で育てられた茶葉は、とにかく甘みと旨味が強く、葉が柔らかい。限られた日照量でたっぷり光合成をした茶葉は、夜ゆっくり休む。成長することに余計なエネルギーを使わないため、養分を蓄えることができるからだ。
また、山霧は“天然の庇(ひさし)”として機能し、その湿度は葉の硬質化を防いでくれる。まさにこの場所の、この気候の賜物だといえよう。

「つちや農園」の茶づくりは、何もかも自然に頼るばかりではない。人間の知恵と手間の加わった「茶草葉農法」が行われていることも特筆すべき点だ。古来から、山仕事と茶づくりは切っても切り離せないものだった。山や川と生きる川根の人々は、山林の手入れをするために草を刈り取り「茶草場」を設けてきた。茶草場は山を元気にするだけでなく、多様な植生物の生態系の育成にも役立つ。このとき刈り取ったススキなどを茶園の畝間に敷くと、ゆっくりと分解され、土壌を豊かにしてくれるのだ。

この「茶草場農法」は自然生態系と農業がともに成り立っていく点が評価され、2013年には世界農業遺産に認定された。
しかしそれは、川根の人々にとっては暮らしの営みの中でごく普通に行われてきたこと。「茶草場農法」という名前がつく前から、この地では当たり前に存在していたのだ。

茶畑を案内していただくうち、なんとなく茶の木の高さが不揃いな場所があるのに気付く。この疑問に裕子さんは「木がなりたいように成長させる『自然仕立て』で育てているから」だと答えてくれた。
そもそも、茶は“木”だ。上に上にと成長していくのが自然の道理というもの。化学肥料を使わず、木そのものが持つ力を最大限に生かして、品質の良い茶葉を育てている。
摘採するのは、茶樹の先端に生えた「芯」とその下の柔らかな「二葉」を合わせた「一芯二葉(いっしんによう)」と呼ばれる部分。自然仕立てで成長した茶樹は高さがまばらになるため、機会を使っての摘採は向かない。人の目でこれを見極め、手でやさしく摘み取っていく。

「つちや農園」では全体のおよそ3割がこの自然仕立て。茶の木や葉に無理をさせず、今では少し特別で、しかしながら昔ながらの茶づくりが、そこにはあった。

“感”と“勘”の茶づくり。好みの味を探す楽しみを

現在は、裕子さんのお父さんである鉄郎さんを中心に、家族で農園を運営している。

「昔はこの辺りみーんな、茶農家さんだったんだけどね。やる人が減ってしまってね」と、鉄郎さんは目を細める。

かつては、外を見ればどこの茶畑にも人がいて、どの工場も稼働していた。山の急斜面で、何世代にもわたり命を紡いできたこの集落では、顔の知らない人などいない。必要なときには皆が声を掛け合い、助け合った。

茶仕事がないときは山の手入れをして過ごした。秋には紅葉が、春には桜がどんどん色づいていくのが茶畑からよく見えたという。山が豊かになれば、眼下に流れる大井川にも川魚が棲みついた。山と、川と、茶畑と、川根の人々の営み。これらは良好なバランスで保たれていた。

しかしものの数十年で、自然のあり方も変わってきたという。広葉樹が伐採され人の手によって植林が行われるようになると、住処をなくした動物たちが里へと降りては畑を荒らした。山肌は痩せ、水害が起こるたび土の中を巡る水の量も変わるようになった。

加えて、茶農家の高齢化や後継者不足も深刻に。ことさら、土屋さんのような農法を行う農家といえばその母数もぐんと減るという。
しかし鉄郎さんは微笑む。「でも不思議と、大変だとは思わないんですよ。お客さんの顔を思い浮かべるとね。こだわって飲む人には、こちらもこだわって応えたいなと思うわけです」

製茶工場を見せていただいた。蒸し機に採れたての茶葉を入れ、蒸す。あっさりと蒸せば「浅蒸し」、じっくりと蒸せば「深蒸し」だ。一度目の「揉み」で茶葉の水分の7割を落としたら「揉捻(じゅうねん)」と呼ばれる搾り作業へ。再度の揉みで残りの水分を9割まで落としたら、茶葉の形を針のように細く仕上げて業者へと送る。

すべての工程の頃合いを決めるのは、鉄郎さんが茶葉そのものを“感”じることと、長年の“勘”だ。

「葉の水分量とか、熱はどれくらいだ、火の加減はどうだとか、今は全部コンピューターで管理できる。でも私はしないです。手とね、ここ(頭)です。感と勘。だから『カンピューター』なんてね」と、鉄郎さんはこめかみを指差して笑う。

どこに行っても買えない、どんなアプリをインストールしても敵わない。そんな「カンピューター」が、天空の一杯には欠かせない。

香りと色は、やや控えめ。しかし口に含んだ途端、濃厚な甘みと旨味がグッと押し寄せる。しばらく目を閉じて、それらを感じる。ごくん、と飲み下すと同時に、鼻先へふんわりと香りが立つ。しばらく続くこの余韻をどう表現すべきか、非常に名状しがたい。

「一煎目、二煎目でもまた味わいが違う。茶葉の種類や入れ方など、いろいろ試して好みの味を探してみてください。そうして楽しんでいただくことが、何よりの喜びです」と鉄郎さん。

天空の茶畑から届く皐月の便りを、心ゆくまで味わってみたい。

つちや農園
静岡県榛原郡川根本町水川972
TEL/FAX 0547-56-0752
http://www.tsuchiya-nouen.com/
※購入は農園へ直接電話またはFAX

商品詳細/ 「天空の風」90g ¥2,808、30g ¥1,080
(他商品はHPを参照)

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