今日、出会う言葉

「本当に追い詰められたら、自分が積み重ねてきたものから決断し、行動するしかない。その評価は、後で周りがすること。
悪ければ、自分が責任をとればいい」

『全島一万人 史上最大の脱出作戦 三原山噴火・13時間のドラマ』
~大島町役場助役 秋田壽~

こんにちは!ライター光田です。
今回、参考にしたのは「プロジェクトX リーダーたちの言葉」という本。
1986年に起きた三原山の大噴火で指揮を執った、秋田壽さんの言葉をご紹介します。
13時間というタイムリミットの中、己の「経験」のみを頼りに全島民を島外へ避難させた、緊迫の脱出劇です。

あらすじ

秋田さんは当時、島の役場に勤める職員さんでした。厚生課や民生課など、島民と直接かかわる部署に務めること、実に30年。島民からは“大島の生き字引”、“名物助役”などと言われ、親しまれていました。

そんななか起きた、三原山の大噴火。
秋田さんの頭の中にあったのは、全島民一万人を、一人の犠牲者も出さずに島から脱出させることでした。島の地形や住民たちを知り尽くす秋田さんは、このときばかりは温厚な普段の人柄を捨て、鬼神と化し、冷静かつ的確に指示を出して迫りくる溶岩に立ち向かいました。

まず、役場の屋上に職員を配置し、噴火の様子を詳らかに報せるように指示。次に島に7つある消防団と連携をとり、噴火から放たれる火山弾から各自治体を守るれるようフルに活用しました。消防団の若い団員たちは日頃から秋田さんに信頼を寄せていたため、命令にはすぐに従ったそうです。
秋田さんは、特にお年寄りが多い地区の消防団には「牛や馬を置いては行けない、自分はここに残るという老人がいたら、『皆に迷惑をかけちゃいけない』とだけ言えばいい」と伝えました。島の老人なら、長く体に染みついた共同意識に訴えかけることできっと避難してくれるに違いないと考えたからです。
長年の「経験」から得た、島で生きる者の特性を知る、秋田さんだからこそ言えた言葉でした。

そして発した、「全島民一万人避難」の大号令。秋田さんは、逃げる人々を乗せたバスを安全な行路に導き、電力会社に協力を仰いで港に最後まで明かりを灯し続けました。

そして全島民は無事脱出。
しかし、秋田さんは、島に残りました。

あのとき自分も脱出しなかった理由を、本書のなかでこう振り返っています。

「一生懸命積み重ねてきたのもがある。自分の命を懸けてやった。『島の船長』として、島の行く末を見るのは当たり前だと思った」

指揮を執る以上、自分は行方を見届けなければならない。その覚悟があったからこそ、この脱出作戦は成功したのです。
そして何より、的確な指示と冷静な判断が出せたのは、コツコツと積み重ねてきた、30年にも及ぶ役場務めの経験があったから。それが一瞬の力となって発揮されたのです。

考察&まとめ

本当に追い詰められた時には「経験」で判断して行動するしかありません。それが良いか悪いかは後から周りが決めればいいこと。
とっさの状況で頼れるのは、何物にも代えがたい「経験」しかないのですから。

なにごとも「経験」することは、やはり大切ですね。経験したからこそ自信にもつながり、ここぞというときの力を発揮できるのだと思います。

私も、いいことも悪いことも経験して自分の肥やしにしていかないといけないなと思いました。

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