男気溢れる「師匠」との出会い。人生を変えた5年間。

現在は200店舗もの顧客を抱える水鳥製麺所だが、一番少ない時ではわずか2件だったこともあったという。
大手スーパーを中心に、個人飲食店や八百屋など、着実に販路を広げてはいたが、どうしても腑に落ちないことが水鳥さんにはあった。それがスーパー特有の「特売」と「返品」だ。

月・火・水と特売をすれば、残りの曜日は売り上げが見込めなくなる。返品も同様に、基本的に生ものである商品を戻されても廃棄に難儀した。自分や父が誇りを持って作った商品をそのように扱われることは、水鳥さんの中に流れる職人の気質と合わなかったのだ。

スーパーとの契約解除の申し出を自ら行った水鳥さん。そういうことならと、他の店舗も一店、また一店と契約を打ち切っていった。

「残された取引先2件のうちの1件が、中華料理屋さんでね。どうしたらいいものか相談したんですよ。当時36歳くらいだったかな。家族の生活もあったし、これはもう本当にしんどいなと。そうしたらその人が『小売店を全部やめて、飲食店を中心にしていったらどうか』と言ってくれて。その代わり、飲食店を相手にするならまずは自分で作って食べてみて、良し悪しをみなくてはいけないと。『だからうちで修業してみなよ』って」

水鳥さんに課せられたノルマは、2万食の中華そばを茹でることと、2万食の餃子を焼くこと。そして必ず毎日食べてみて“判断”すること。

粉も好きなだけ使っていい。好きなだけ挑戦していい。どれだけ失敗してもいい。だから自分が「これならどんな飲食店を相手にしてもやっていける」と思えるまで、やってみろ。それにかかった材料費は、全部うちの店が負担するから気にするな」

その店主の男気に、報いる他なかった。

午前、製麺所での仕事を終えたらその足で中華料理店へ直行。怒涛のランチタイムに午後の仕込み、夜の営業をこなして帰宅し、朝からまた製麺所で働く。
水鳥さんの二重生活が始まった。

中華そばはまだしも、問題は餃子の皮だった。麺とは形状も違えば用途も異なる。餃子の皮をくり抜く道具もなかった水鳥さんとお父さんは、ドーナツの抜型で代用した。いわばそんな手探りで作った不格好な商品も「俺、これ買うのかよ~」と苦笑いしつつ、中華料理店の店主は代金を支払ってくれた。

店主は、中華の有名シェフの右腕として何年も活躍してきた職人。奇遇にも水鳥さんと同い年だった。「後にも先にも、同い年の人間にあんなに怒られたのは初めてだったよ」と水鳥さんは笑う。

「お店が忙しい時には餃子のタネの仕込みをしたり、洗い場の片付けをしたり。それでヘトヘトになって帰るんだけど、まだ娘が起きててね。寝ていてくれればいいのに、あんな笑顔で迎えてくれるもんだから…。それから夜中に一緒にお風呂に入って、歌を歌ったりね。あの時は大変だったし、家族にもたくさん苦労をかけたけど、忘れられない日々だった。戻れるなら、もう一度あの頃に戻りたいな…」

そしてようやく2万食達成。実に4年にも及んだ修行生活が幕を閉じた。
この日々で水鳥さんは、どこにも負けない技術とかけがえのない経験値を得たのだった。

最後の勤務を終えたあと、豪勢に送別会が催された。
この日の売り上げは45万円以上。諸経費などを引いた残りの30万円をすべてこの一夜に費やすぞと、店主は大盤振る舞い。みんなでしこたま酒を飲んで、肩を組み、思い出に花を咲かせ、これまでの苦労も涙も全てを笑いあった。

楽しい思い出を胸に、明日からも頑張ろう。たくさん迷惑をかけた家族に恩返しをしよう。師匠に恥じないように、麺の道を究めていこう。
そんなことを思いながら、水鳥さんは岐路に着いた。

その翌朝のことだった。

店主は、還らぬ人となった。

交通事故だった。

ついさっきまで、あんなに楽しく酒を酌み交わしていたのに。
自分が先に帰ったりしなければ、死なずに済んだかもしれないのに。

押し寄せる後悔と悲しみは、ひたすらに水鳥さんを苛んだ。

「あの時はねえ…今思い出してもつらくてね…。結局それから、4年でアルバイトは終える予定だったんだけど、店の味を守るために、1年延長して店の奥さんと2人で店を切り盛りしたんですよ。最初にする恩返しが、まさかこんな形になるなんてね…

目頭を押さえながら水鳥さんは言う。
修業した4年と、店を切り盛りした1年。濃密な5年は、水鳥さんの人生において大きな時間だった。

そして何の因果か、今では店主の息子さんは同じ場所で餃子専門店を営んでいるという。
キャベツやニンニクなど使用する野菜は、自分の畑で育てるほどのこだわりぶり。お父さんに負けないくらいの熱意と男気のある、職人になったのだった。
もちろんそのタネを包むのは、水鳥さんが作る皮だ。

「だから息子さんのところには、変な皮持って行けないなって。『それ買うのかよー』って、お父さんに怒られちまうから」

そう言って、水鳥さんは少しほほ笑んだ。

悲しみや苦しみは、避けては通れない。
偶然の出会いがあれば、別れもまた突然なのだ。

しかし、だからこそ人は生きる。
その人との限られた時間を、感情をぶつけ合いながら精一杯生きる。

その生き方はまるで、長く、強く、たくましい麺のよう。

水鳥さんは今日も思いを込めて、麺を打つ。

<最終回へ続く>

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