生粋人

<最終回>一滴、乾坤を潤す。“磨き続ける”覚悟。——浦野合資会社 杜氏・新井康裕

特別な日の特別な一杯を。磨き続ける“最高の酒”。

 努力が実を結び、「菊石」は平成21年から連続して各種品評会で賞を受けるようになった。現在では、名古屋のデパートなどでも名だたる酒とともに肩を並べている。ひと昔前こそ、日本酒は安価なものを晩酌で日常的に飲むという感覚があったが、最近では、季節や素材をじっくり味わう楽しみ方や、好みの料理との相性を探す楽しみ方ができる嗜好品として、老若男女が手に取るようになった。各酒蔵も、地域の特色を生かしたり原材料や製法にこだわったりと、小ロットで多品種のものを製造するようになり、その魅力はますます広がっている。

 新井さんによれば「菊石」は、特別な日に空けてほしい酒なのだという。

「ハレの日やお祝い事のときに飲んでいただきたいですね。いい意味で主張せず、控えめで、食事の脇役になるような味のバランスの良さがあるので、めでたい席にはぴったりかなと思います。そういう『誰かのめでたい場に堂々と持って行ける酒』を、造りたかったんです」

 思い起こされるのは、大学時代に口にした、先輩たちが醸した酒。今の自分と同じように悩みや迷い、葛藤を超えた先にできた酒だからこそ、自信を持って後輩たちに飲ませることができたのだろう。今になれば、それが手に取るように理解できた。

 ただ、新井さんも常に自信があるわけではない。ごまかしの効かないしぼりたての新酒を試飲するとき、客の反応を間近で見るとき、品評会で全国の銘酒と一同に会したとき。自信を持って酒造りをするからこそ、自信をなくす。

「実は、自分が思う“最高の日本酒”というものはまだないんです。もちろん毎年、今年は最高だと確信して出します。けれど、もっとこうすれば良くなるかなとか、この行程をもう少しこうしようかなとか。他の酒を味わうたびに、こんな素晴らしい味、僕には出せないって思ってしまうし。品評会でいくら金賞を取っても、採点結果を見ては、もっと良くなるはずだと考えるんです。難しいけど、辞められない。辞めたくないですね」

 自信を持って出す自分の作品は、常に未完成。造り手としてのその苦しみは、いかばかりだろうか。しかしだからこそ楽しいし、だからこそ燃える。もっといい酒を、もっと“菊石らしさ”を追い求めて、新井さんは仲間とともに日々腕を磨く。

 米、水、そして酵母。大地の恵みを原材料として醸す、神から授かりし酒。この一滴は、今日も誰かの佳き日に華を添えている。

浦野合資会社
愛知県豊田市四郷町下古屋48
0565-45-0020
9:00〜18:00(土曜は10:00〜15:00)
日・祝休

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