また訪れたい名店

ようこそ。“耕しのレストラン”へ。三重県松阪市「RESTAURANT CULTIVATE」

耕す、ということ。それは、新たな作物が実るように、土壌を整えること。
心や、からだ、時間、人とのつながりも、きっと同じ。
ここは、賑やかに人が集う“耕しのレストラン”。
さあ、ゆったりと椅子に腰かけたら、丁寧に耕された一皿を味わおう。

三重の素材を用いた創作料理。作り手の思いを一皿に。

伊勢自動車道「一志嬉野」ICを降りて車で約7分。住宅地と畑が混在する、片道一車線ののどかな道を走ると目に入ってくるのが、手作りの温もりが溢れるレストラン「カルティベイト」だ。“耕す”という意味の店名に、どこか惹かれるものがある。

 ここでいただけるのは、中華をベースにした創作料理。素材のおおよそが三重県のものだ。人気なのは「自家製胡麻の豆乳坦々麺」。三重県らしく海のものを、と取り入れられたあおさが、鮮やかなオレンジ色のスープの上にたっぷりと浮かんでいる。程よい塩気でどんどん食がすすむ。スープには自家製のラー油が使われているが、見た目ほど辛く感じない。丁寧に煮出した鶏ガラスープと有機豆乳、おから入りの豆乳をふんだんに入れているためだ。肝心の麺も、地元・三重県の製麺所のもの。つなぎをほとんど使わず、スープがよく絡む太さに仕上げた。噛むごとに小麦の風味がふんわりと鼻の奥をくすぐる。オンラインショップで購入もできるのは、うれしい限りだ。

 スモーキーな香りとともに運ばれてきたのは「大石牛のスモーク」。大石牛は、牛一頭一頭の個性を見ながら育てられたこだわりの品種。三重県松阪市大石町にある「磯田畜産」の牛舎で飼育されている。通常の松阪牛が月齢24〜27ヶ月で調整して成長させられるのに対し、ストレスなく健康的に育った大石牛は平均すると56ヶ月にもなるという。口に含んだ瞬間に上質な脂がしっとりと潤すのは、そのおかげだ。赤身はとろけるような甘みで、ひと噛みごとにそれを堪能できる。「磯田さんは、まるで人間を育てるみたいに、牛を本当にかわいがって育てていて。磯田さんにとっては当たり前なんでしょうけどね。こだわりがあったり、丁寧に育てられたりしたものには、その人の人柄が出ると思うんです。野菜もお肉もお米も麺も、器も椅子もテーブルもそう。そういうものにほんの少し手を加えて、作り手の思いごとお客さんに届けられたらいいなって」と、店長の山本祐也さんは話す。

 この店の目に映る全てのものに、ストーリーや逸話、作り手の人となりを聞くことができた。山本さんはどんな思いで、この店を営んでいるのか。ここで何を“耕して”いるのかを、聞きたくなった。

好きなことで生きていく。故郷を離れて見つめ直す。

山本さんが料理人の道を志したのは、意外なきっかけだった。

「ずっと、好きなことをして生きていきたいなって思っていて(笑)。もともと料理とは無関係の仕事に就いていたんですけど、毎日なんとなく働いていたので、仕事にもっと楽しく取り組めないかなと漠然と思っていました。転機になったのは、20歳の時に仲が良かった友人が亡くなったこと。そのときに『人生ってあんまり時間がないな、やりたくないことをやっている場合じゃないな』って思うようになったんです」

 仕事をすぐに辞めた山本さんは、やりたいこと、好きなことはなんだろうと、自分に問うた。食べること、人が集まること、居心地のいい空間、手触りのいい家具や日用品…。好きなことはたくさんある気がした。そして思った。「場所があれば、なんでもできるじゃん」と。

「それからすぐ、21歳で料理人になりました。だから料理が先というより、場所が必要で料理人になったという方が正しいかも(笑)。ギャラリーがあったりイベントができたり。自分の店を持ったら、いろんなきっかけで人が混ざり合う空間にしたいと考えていました」

 もともと人に料理を振る舞うのが好きだった山本さん。「今思えば、自分の実家もそんな感じだった」と話す。おいしい食事を中心に、友達や親戚などが賑やかにしている。そんな空間の心地よさが、彼には染み付いていた。

 東京で中華料理の修行を約10年積み、32歳で独立。そのタイミングで、三重に戻ることにした。一旦外へ出てみることで、退屈だと感じていた地元の魅力に改めて気づかされたという。
 特に、素材だ。土の力、山の力、海の力。三重の恵まれた風土で育った食材は、どれもおいしいと感じるものばかりだった。生産者のもとを訪れれば、なおのことそれは顕著になった。苦労話やこだわりを聞きながら山本さんが考えたことは、一つだった。

この食材を使って、地元をおもしろくできたら。料理人として腕が鳴った。

上/前菜や中国茶などがセットになった「坦々麺ランチ」¥2,200は、体にやさしいと評判だ。
下/山桜のチップで燻した「大石牛のスモーク」¥6,200。地元の農家から仕入れた野菜と山椒塩が彩りを添える。

きっかけを生むサステイナブルな場。“好き”を原動力に変容する。

 店を構えるにあたり選んだのは、実に手の入れがいがある小屋だった。かつては農機具倉庫として使われていたそうで、あたりには手つかずの木々が鬱蒼と生い茂っていたが「季節ごとにいろいろな風景の移ろいが見られるかもしれない」と考え、あえてここを選んだ。思いを共有した四日市市の建築家とともに、自らも手を加えてリノベーション。店の裏には自分たちの畑も設けた。こうして2010年、「レストラン カルティベイト」が誕生。かねてからの念願だったギャラリーは、以前苗床として使われていたという2階部分に配置した。その名残を引き継ぎ、名前は「seedbed(苗床) gallery」に決めた。

 特にこだわったのが、出入り口と向かい合わせになるように大きく切り取られた窓だ。店の外と中と畑をつなぐ一本の道のようにしたかったと、山本さんは話す。

「すぐそばに緑や畑を感じられるような空間にしたくて。この道を中心に客席を配置しました。カルティベイトという店名も、食材のために土を耕す。料理で食を耕す。ここでの過ごし方で時を耕す。いろんな意味があって。料理だけではなくて、あえていろいろな切り口を設けて人が交わればいいなと。耕すことで多様な実をつけていけるように、という思いが込められています」

 ピアノのコンサートをしたり、テーマを決めて料理と空間を作ったり、ギャラリーで作家同士の対談をしたり。この場所でなにかが耕され、育ち、実が生ることを、山本さんは大切にしているのだ。

その一方、こちらから出向くことも心がけているという。

「いつもの場所、いつものメンバーでいることも大切ですが、それだけだと価値観を見失うこともありそうで。だったら、行きたいところへ自分が行けばいいじゃないかという思いもあります。自分ひとりで外へ出ると、みんなのありがたみがわかりますしね。拠点があちこちにいろいろあってもいいのかな、なんて考えています」

 新しい価値観や発想が入ることがおもしろいと、山本さんは言う。“好きだ”と感じる方へ、心がときめく方へとアンテナを向けて、その気持ちを原動力にして出会いや変化を楽しむ。そんなサステイナブルな場として、これからも「カルティベイト」は存在していくのだろう。

新たな土壌を、耕し続けながら。

RESTAURANT CULTIVATE(レストラン カルティベイト )
三重県松阪市嬉野下之庄町1688-5
0598-31-2088
11:30 – 15:00(L.O.13:30)※三部制、予約優先
18:00 – 22:00(L.O.21:00)※要予約
火・第2、4水曜休
https://www.cultivate.jp/
https://shop.cultivate.jp/(オンラインショップ)

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