生粋人

<第4回>ピンチの時こそ、チャンスはある。僕が”変化”を楽しむ理由。「様時」石川哲也

自分で構える「みんなの場所」、『SUMMER TIME』。

しゃちほこボーイズの活動もゆるやかになっていった2016年ごろ。石川さんはひとり、名古屋のワンルームマンションでぼんやりと考えた。「自宅兼店舗って、いいな」と。自分が住む場所に、みんなが集まってくれる。そんな環境があったらどんなに楽しいだろうと。
思い立ったらすぐに、ということで近所の不動産屋をいくつかめぐったが、希望の物件にはなかなか出逢えなかった。

あるとき、知り合いの紹介で名古屋市北区にある物件が候補に上がった。さっそく現地を訪れたが、長く喫茶店を営んでいたそこは老朽化が進んでおり、かろうじてそこに建っているのが不思議なほどだった。さすがの石川さんも「これは無理だ……」と匙を投げた。

石川さんが出会った、名古屋市北区の古物件。内部も老朽化が進み、改装して使うには難しそうだと感じた。

「あとで聞いた話によると、その物件は別の方の手に渡ったそうですが、僕はずっとひっかかっていて。なんか気になるな、やればよかったかなあ……って半年くらいずっと考えていました。それで、やっぱりやろう!と思うようになって、その方に交渉してお店を譲ってもらうことにしたんです」

ここでキーパーソンになるのが、のちに奥さんになる里美さんだ。もともと石川さんとは知り合いの仲だったが、石川さんの自宅兼店舗の改装やチラシ作りなどを手伝ってもらうことにした。オープン予定日は、2017年の11月2日。里美さんの誕生日に設定した。

「思えばさとみんは、ここから怒涛の日々が始まるんだよね」と言って、石川さんはカウンターでディナーの仕込みをする里美さんを見遣る。里美さんは手を動かしたままで「サバイバルだったよ、あれは」と笑って、続けた。

「自宅兼店舗にしているから、とにかく早く改装しないといけない。住むところがないんですから。2人ともなりふり構わず、まさしくサバイバルみたいな感じでどんどん改装を進めましたよ」

努力の甲斐あって、無事店舗はオープンに漕ぎ着けた。「サマーミュージックが心地よい店内で、夏の夜のようなノスタルジックなひとときを楽しんでほしい」という思いをこめて、店名を『SUMMERTIME』と命名した。
豊富なアルコールに、カジュアルなおばんざい。里美さんの腕が光るメニューの数々は実に多国籍で、パスタやカレー、鍋料理と、ちょっと飲みたい人もがっつり食べたい人も満足できるラインナップだ。
名古屋市北区大曽根という比較的閑静な立地にもかかわらず、店には連日多くの若者が集い、思い思いの時間をにぎやかに過ごした。そしてその喧騒の名残を感じながら併設した自宅で眠りに就く。なんと幸せなんだろうと思った。

しかし、そんな日々もオープン1周年を目前にして突然終わりを告げる。
店の大家さんが亡くなったことで急遽店の取り壊しが決まり、移転を余儀なくされたのだ。

「いやいやいや、ちょっとさすがにどうしよう、って思いましたよ。オープンしたばかりだし。でもこれはこれでピンチだし、なにか新しいことを始めるチャンスかもしれないということで、新たな候補地で店を続けようと思いました。でもなかなか気に入る場所が見つからなくて、途方に暮れていました」

連日、くだを巻いてうなだれる石川さん。仲間はなぐさめてくれるが、店を退去しなくてはならない日にちは刻一刻と迫る。そして石川さんはいよいよ酔い任せにこう叫んだ。「俺は『千と千尋』に出てくるみたいな家に住みたいんだ〜!」と。その瞬間、里美さんの脳裏にふとある場所が頭によぎった。
それは、里美さんの地元である尾張旭市に隣接する、瀬戸市。幼いころからたびたび遊びに訪れていた、里美さんにとっていわば庭のように土地勘のある場所だ。早速石川さんに提案し、翌日2人で瀬戸市を訪れた。


昔ながらの店が軒を連ね、行き交う人たちはゆったりとあいさつを交わす。川は美しく、街並みは情緒にあふれ、古き良き「焼き物のまち」の趣をそこかしこに感じられた。その中でも特に気に入ったのが「末広商店街」の入り口にある一軒の古民家。担当者に連絡をとり、交渉を試みるも、なかなかに渋い反応が返ってきた。「街を盛り上げてくれる、ポテンシャルを秘めた人のためにとっておいてある物件なんですよ」と言われたのだ。
そう言われては引き下がれない。何を隠そう、彼はあの、スパイダーマンである。あの、しゃちほこボーイズのNo.2である。
「目の前の人を楽しませること、街を盛り上げること」に関しては自信と実績があった。

熱烈なプレゼンが実を結び、晴れて『SUMMERTIME』は移転の地を見つけることができた。
大曽根店の閉店パーティには多くのなじみ客が訪れ、石川さんと里美さん、そして新生『SUMMERTIME』の門出に祝杯をあげた。

大盛り上がりで幕を閉じた、その翌日。「終わり」と「始まり」を見届けて安心したかのように、2人の目の前で『SUMMERTIME』は大雨の中、崩壊した。
あまりにできすぎた展開に、空いた口が塞がらず、2人は立ち尽くすばかりだった。

<最終回>へ続く


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