<最終回>“三浦和也”という男。――三浦太鼓店・六代目三浦彌市

キーワードその5.場で感じる。

三浦さんの日常は、とにかく、行ってみる。やってみる。が基本のようだ。
「逆に、自分で経験したことしか信じられない、というのかな。その場所に行ってみて、その場所でやってみてわかることって、自分にとって大きいと思うんです」

目で見たもの、聴こえてくるもの、におい、空気、手触り。
それらを自分で経験して持ち帰る。
そして、ともに店を支える仲間や、未来を担う子供たちにも同じような経験をしてほしいと、今度は自分がその“場”をつくるのだ。
それは太鼓も一緒なのだと、三浦さんは話す。

「太鼓も、ただパーツを組み合わせて形にすればいいというわけではないです。鼓面を叩けば音は出ますが、楽器全体では鳴っていないんです。伝統のもとに作られたパーツのひとつひとつが馴染んでいないと、一つの楽器として“活きた音”が出ないんです。
人が場に集うことも同じで、ただそこに皆を集めるんじゃなくて、その場にいるからこそ馴染んでいくような。人に合わせて場所を順応させていくのではなくて、場所に合わせて人が順応していけたらと。そうすることで、人の心って豊かになると思うし、そこで生まれるご縁やつながりはかけがえのないものになりますよね。
それが太鼓で言うところの”活きた音”と同じなんだと思います

それに気付かせていただいた以上、僕もなにか行動で示さないとね。

三浦さんは何かを思案しながら、ぽつりとそうつぶやいた。
「悩みますけどね」。言葉とは裏腹に、なんだかとても楽しそうなのは気のせいか。

伝統を重んじ、今を担い、未来をつくる。
“三浦和也”はそんな男だった。

だが、その一言だけでは決して片付けることのできない、熱い思いを秘めていた。

少し自分寄りの話になるが、彼と出会ったことで、私はずっと自分が試されているような気がしていた。
それからというもの記事を何度も書いては消し、消しては書いてはいたが、ある日自分の中で何かがスッと消化されたような感覚を得た。
そして食事もとらず一日で書いてしまった。

だが、三浦さんのことを、私の稚拙な文章で、どこまで伝えられたかわからない。だから、会いに行ってほしいと思う。
「その場に行ってみなくてはわからない」。そんな彼の言葉を引用するならば。

今、会いに行ってほしい人。私にとって彼はそんな人だ。

Photo:荻野哲生
Text:光田さやか

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